| 06/05 | |
神戸っこ最高! |

久しぶりに、地元(神戸)の友達と飲みました。
いや〜、情っていろんな情があるし、自分は情にもろいタイプだが、友情ほど大事なものは無いと確信した。
それは決して金や社会的地位などだけで買ったり、作り上げたりできない。それを作るためには、確実にひとつひとつその相手とのエピソードがある。思い出なんていったらちょっと青臭いから嫌だが、確実にそういう、今となっては語りぐさになった話とか、そういう話を今でも出来て、立ち場や仕事やここ10年程度に何があったかは詳しく知らない仲間だが、高校時代に確実に築きあげた大事なものは、過去として、美化されるのではなく、不動のもの。
たいした事してない仲間や友達?とは会話もたいして弾まないし、たいがいは、今こんな仕事で活躍してるとか仕事場の愚痴みたいな話になりがちだけど、ていうかそういう人とは基本的に友達にはなりたくないけど、、
北須磨の仲間や大学の友達も社会人の友達ももちろんみんなそうだが、そういうなんかこう通じ合えている人たちと出会うと、とかく色々話さなくても、顔をみれば分かるとかある。
元気ありそうとか、疲れてるけど、カラ元気をだして盛り上げてくれてるとか、そういうのをやっぱり感じた。
17歳くらいの頃に、めちゃくちゃやんちゃした仲間が、今神戸をはなれて、東京に出て来て、それぞれもう高校卒業してから10年くらい経って、色々感じていることとおもうけど、なんかしらんが、四の五の言わなくてもなんか感じる。
みんな戦ってる。自分を信じて自分らしくあるために。社会人である以上、理不尽なこと、嫌な事、最低な職場環境とか、人それぞれ色々抱えてる。
それをあえて言わず、ひたすら騒ぐ。自分も瀕死のガリア人みたいになっていて、体重も今年の1月から13.5キロも落ちてしまった(良かったかも?)し、とにかくパワーがでずに、苦しんでいたけど、同じ様に虚勢はっても元気よく勢いある仲間に会うと、不思議とパワーが又わいてくる。
そんな時、自分らしく生きるってどういうことかなって考え、又良いものもらって、次に向けて突っ走ろうと思う。
神戸に住んでるときは、それこそしんどい事が色々あった。
中学1年の時に阪神大震災があった。
中学二年で、サッカーの練習中に右足首じん帯を断裂し、入院。半年ブランクがあった。
50メートル走が6秒代から8秒代になって、女子と一緒くらいになりモテなくなった。
中3ではレギュラーになれず、凹んだ。真剣に考えてたJリーガーの道を早々と諦めた。
高校1年で、日本を震撼される凶悪犯罪が高校の裏山で起こった。犯人は自分より年下だった。デート中によく、緊張した。暗がりでもし、犯人出て来たら、俺が彼女を助けなあかん
けど、どうやって戦おうか?みたいな。彼女との緊張感よりもそっちのほうが、実際何十倍も恐ろしかった。
高校二年の時、サッカー部が軌跡的に兵庫県高校サッカー1部リーグに昇格。兵庫県で8チームしか1部に入れない中で、平凡のお笑い高校のサッカー部が滝川第二やヴィッセル神戸など諸々の名門とリーグ戦をした。1部昇格の入れ替え戦いで六甲高校(?)に勝って昇格が決まった瞬間は最高だった。Wボランチの一角だった、自分がハーフラインくらいから打ち込んだシュートがたまたま決まった試合の次の日から、ひたすらロングシュートの練習が始まって、単純きわまりない顧問を皆で馬鹿にしたな。
高三時、ヘディングの競り合いの練習中に、あごの骨を砕かれた。今までで一番痛かったな。あごが完全にスライドして上の右奥歯と下の左奥歯が重なってたな。血もドロドロで意識も朦朧としてたし。そんな中、手術をするとインターハイ予選に出られないといって、手術をしなかった。(しとくべきだったか?)だからいまでも、寿司より縦に大きいものは食べれない。チーズバーガーは一口でいけても、ビックマックは無理。メガマックなんて論外。
高三の夏は、ひたすらスケボーしたり、友達のバンドのライブいったり、今では有名だが、当時駆け出しのハードコアインディーズバンド(山嵐、Kemuri、ハスキングビー、ポットショット、ゲルググ)などの野外フェスとか受験そっちのけで楽しんだ。
でも、やる気だして大学も合格できた。
そんな十代を共有した仲間が今会っても、それぞれの道で尖って頑張ってる。みんなカッコいい28歳になろうとしてる。アラサーかなんかしらんけど、まだまだ突っ走れると確信した。
なんかやっぱり熱くるしい話になってしまったが、ブログを開始したのが大学の終わりのほうだったんで、神戸時代の話を書いた事があまり無かった。今日は支離滅裂だけど、こんな感じで。
あ、あと、
リーマンショックって、
「サラリーマンショック」
てことですよね?

